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雑記

「幸せな家庭」はたくさんの奇跡でできている

こんにちは、てすらです。

突然ですが…みなさん、幸せですか?

家族との仲はいいですか?

わたしは実家にいた頃、とてもじゃありませんが「幸せな仲のいい家族だなあ」なんて思えませんでした。

ですが、今は胸を張って「幸せな家庭を築けてるなあ」と言えます。

うまくいかなかった家庭で育ち、運よく幸せな家庭をゲットしたわたしが、「幸せな家庭」とは一体何でできているのか考えてみたいと思います。

 

「幸せな家庭」とは何か

幸せの定義って人それぞれ違うと思います。

なので、ここで語る定義についてまずはっきりさせておきましょう。

ここで語る「幸せな家庭」とは、

 

  • 家族がお互いを尊重し、思いやり合っている
  • 贅沢はできなくても、過度な借金などの心配をしなくていい
  • 家族間の信頼関係ができており、重大な嘘を疑ったり暴力に怯える必要がない

この3つに絞りたいと思います。

 

幸せな家庭に必要なもの

上記の3つを満たす家庭を作るには、いったい何が必要なんでしょう。

わたしも試行錯誤中ではありますが、大切なのはこれらではないかと思っています。

 

  • 夫婦それぞれの心が自立している(心の依存先が多く負担が分散されている)
  • お互いの悩みを打ち明けられたら親身になって聞くことができる
  • お互いの両親から過度なストレスを受けていない、受けないようにする
  • 子どもの問題は父親と母親、両方が当事者として関わる
  • 誰かがストレスを溜めこんだとき、発散することを手伝う姿勢がある

 

つまりは、家族全員が健全なこころを保つための努力・働きができるか?がキモになってくると思います。

 

 

何か一つズレたくらいでどうなるって言うのか

家族が幸せでいるためには、わずかなズレに気づくことが肝要だと思っています。

ひとつのズレがだんだんと積み重なり、まるで雪だるまのように大きな問題へとつながることがあるからです。

 

わたしの実家がうまくいかなくなったのは、やはりひとつの嘘からでした。

「ギャンブルはしていない」という父の嘘。

父はわたしが幼いころ、借金をしてまでパチンコに通っていました。

 

その嘘が発覚したとき、もうしないと約束をしたそうです。

 

実際に私が物ごころついてから大人になるまでの十数年間、同じ問題が起こることはありませんでした。

ですが、その十数年間で少しずつ、少しずつ、両親の間で夫婦間の信頼関係がなくなっていくのを感じました。

 

はじまりは父の嘘でしたが、わたしからはどちらが悪いというようには見えませんでした。

父はきっと寂しかったのです。

今思えばギャンブル依存症であった父の依存症のきっかけは、きっと寂しさであったとわたしは思います。

 

夫婦のことですから、きっとわたしにはわからないこともたくさんあるでしょう。

ですが、子どもから見てもこの夫婦は、ひとつずつひとつずつ、ボタンを掛け違えていっていると見て取ることができました。

 

父は亡くなってしまったためもう何を聞くことも叶いませんが、母は「何を間違えてしまったのかわからない」と言います。

はじめから大きな、決定的な間違いがあったわけではないのだと。

ちいさな積み重ねはやがて家族をバラバラにするんだと、わたしは20年ほどで学び取りました。

 

大人だってみんな、間違える

大人というのは、子どもから見るととても大きな存在です。

何でもできる完璧な人に見えます。

むしろ、「大人なんだからしっかりしてくれよ」と、理想を押し付けることさえあります。

 

でも、大人も生きている人間なんですよね。

周囲の環境によって、人間は案外簡単に正気を失います。

 

もちろん、周りのせいばかりにしていいなんて言うつもりはありません。

ただ、その可能性は誰にだってあるんですよ。

 

突然会社をクビになったら。

突然、配偶者の大きな借金が発覚したら。

配偶者の両親の行いが精神的に負担があり過ぎて、もう我慢できなくなったら。

配偶者が自分の気持ちにきちんと向き合ってくれない、

ひとりきりで子どもと向き合い続け、もうどうにかなりそう――

 

どれも他人事じゃないです。

 

しかも、こんなにわかりやすいきっかけがトリガーになってくれるとも限りません。

どれか複数の要素が積み重なって爆発し、本人さえ何が原因かわからないこともあります。

 

祖父母だって人間ですから、娘夫婦や息子夫婦へ良かれと思って過干渉になってしまうこともあるでしょう。

昔の情報をそのまま育児に適用したりもするでしょう。

 

大人も間違うことがある。

 

その可能性を頭から切り捨ててしまうのはあまりにも危険です。

「今の育児は違うんですよ」を聞き入れてくれない祖父母なんかは、「自分が間違える可能性」を頭から切り捨てていますね。

 

虐待や借金も同じだと思います。

「自分が虐待や借金をしてしまう可能性」を、頭から切り捨てていませんか?

「しないで済んだわ」と、自分の力で乗り切ったみたいに思っていませんか?

 

わたしは、今までわたしが虐待も多額の借金もしないで済んでいるのは、

生まれた家から今までかかわった周囲の人間まで、まるっと運がよかったんだと思っています。

 

そういう道に引きずり込まれないように支えてくれる手があったんだと思います。

たくさん、たくさん。

 

だからこそ虐待も借金も、他人事だなんて思えない。

そういう行いをしてしまった人を指さして、怒ったり笑ったりすることはできません。

一歩間違えれば、わたしもそうなっている可能性があるから。

 

 

当たり前のことは当たり前なんかじゃない

そうは言っても、

 

「虐待しないなんて当たり前のことでしょ」

「子どもは親に愛されるべきなんてそんな当然のこと」

「借金なんて頭の悪いやつがすること」

 

なんて思ってしまうのもわかります。

 

でもですね、

「虐待しないなんて当たり前」だと思えるのは、あなたが虐待されず愛情を受けて育ててもらったからではありませんか?

「借金は無計画」だと思えるのは、ご両親が計画性を持って家計を回してくださったおかげではありませんか?

 

こういったことに対し、「何でそんなバカなことを」と思うのは、どうしてなんでしょうか。

 

「バカなこと」が自分にとって全くの無関係であったから、という場合、あなたはあまりにも幸運です。

そのように「当たり前に」あなたを育てるため、ご両親は小さな努力を積み重ねて来られたのでしょう。

 

インターネットには、「虐待をする親なんて自分が死ぬべき」「借金で首が回らなくなるくらいなら結婚するな」なんて過激な言葉もよく見かけますね。

みなさん未来予知ができるのかなぁ。と不思議に思っています。

何が起こるかなんてわからないのに。

 

もしそういった憤りを感じるのであれば、よそ様を指さすよりも周りを見てみてください。

周りに満ちた、たくさんの小さな奇跡に目を凝らしてみてください。

 

自分が虐待をする母にならずに済んでいるのはなぜか。

夫の大切なものを勝手に捨てるような妻にならずに済んでいるのはどうしてなのか。

妻や子どもに手を上げるような夫にならずに済んでいるのは。

酒やギャンブルに溺れなくても毎日楽しいのはどうして?

 

きっと自分一人の力じゃないですよね。

だから、家族を傷つけることの罪深さと一緒に、自分にどれだけのあたたかい目や手が向けられてきたかも気付いてほしいなと思います。

そして、そういった縁があったことの幸運も自覚してほしい。

 

不幸な事件は救われなかった親と子の末路であると、わたしは思います。

 

だからわたしは自分と家族を大事にしたい。

大事にし続ける努力を、死ぬまでずっとしたいんです。

間違えないために。

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